小説(単行本)
〜1990s
1980年6月
『現代伝奇集』
(岩波書店)
ハワイにある精神病者のための民間施設を舞台にした「頭のいい「雨の木(レイン・ツリー)」、メキシコ・シティの裏町を舞台にした「身がわり山羊の反撃」、北米ロングアイランドを舞台にした「『芽むしり仔撃ち』裁判」から成る、中・短篇集。「頭のいい「雨の木(レイン・ツリー)」」は後に『「雨の木(レイン・ツリー)」を聴く女たち』に再録。「身がわり山羊の反撃」は『同時代ゲーム』の、「「芽むしり仔撃ち」裁判」は『芽むしり仔撃ち』の後日譚としての性格を持つなど、個性的な作品群を収録している。
1982年7月
『「雨の木(レイン・ツリー)」を聴く女たち』
(新潮社)
「頭のいい「雨の木(レイン・ツリー)」」、「「雨の木(レイン・ツリー)」を聴く女たち」、「「雨の木(レイン・ツリー)」の首吊り男」、「さかさまに立つ「雨の木(レイン・ツリー)」」、「泳ぐ男:水のなかの「雨の木(レイン・ツリー)」」の5篇を収録。様々な境遇のなかに生きる女性たちの悲嘆と再生への希望を、「雨の木(レイン・ツリー)」のイメージでつなぐ連作短篇集。
1983年6月
『新しい人よ眼ざめよ』
(講談社)
「無垢の歌、経験の歌」、「怒りの大気に冷たい嬰児が立ちあがって」、「落ちる、落ちる、叫びながら……」、「蚤の幽霊」、「魂が星のように降って跗骨のところへ」、「鎖につながれたる魂をして」、「新しい人よ眼ざめよ」の7篇を収録。ウィリアム・ブレイクの詩を媒介としながら、障害児「イーヨー」と生きる家族の姿を描いた連作短篇集。
1984年12月
『いかに木を殺すか』
(文藝春秋)
「揚げソーセージの食べ方」、「グルート島のレントゲン画法」、 「見せるだけの拷問」 、「メヒコの大抜け穴」、「もうひとり和泉式部が生れた日」、「その山羊を野に」、「「罪のゆるし」のあお草」、「いかに木を殺すか」の8篇を収録。四国の谷間の村の神話を背景に、「大いなる女たち」の活躍を描いた短篇集。
1985年12月
『河馬に噛まれる』
(文藝春秋)
ウガンダで河馬に噛まれて傷を負ったことから「河馬の勇士」と呼ばれる、元革命党派の若者を描いた表題作をはじめ、「「河馬の勇士」と愛らしいラベオ」、「「浅間山荘」のトリックスター」、「河馬の昇天」、「四万年前のタチアオイ」、「死に先だつ苦痛について」、「サンタクルスの「広島週間」」、「生の連鎖に働く河馬」の8篇を収録。浅間山荘事件をはじめとする、戦後日本の精神史に刻まれた傷を受け止める、連作短篇集。
1986年10月
『M/Tと森のフシギの物語』
(岩波書店)
1985年12月〜1986年9月にかけて季刊『へるめす』に連載されたテクストに、2章分を書き下ろし追加して出版された、四国の谷間の村の神話と歴史を主題とした作品。『同時代ゲーム』(1979)と同じ主題を扱っているが、文体はより平易で柔らかくなり、主人公の母親をはじめとする女性による語りが多用されるなどの特徴が見られる。
1987年10月
『懐かしい年への手紙』
(講談社)
四国の谷間の村を舞台にした、書き下ろし長篇小説。村を出て小説家になった語り手・K。そして彼の年長の友人であり「師匠(パトロン)」として谷間の村に生き、そこに「根拠地」を築くべく奮闘した「ギー兄さん」。ダンテのテクストに導かれつつ、この二人組の人生の重なり合いを丁寧に描き切ることで、魂の救済の可能性を模索した、壮大な作品である。
1988年9月
『キルプの軍団』
(岩波書店)
書き下ろし長篇小説。語り手である高校生のオーちゃんは、チャールズ・ディケンズの『骨董屋』を、刑事の忠叔父さんと一緒に原文で読み進めるうちに、ある事件に巻き込まれていく。柔らかな語り口で、人間の悪と、そこからの恢復の道筋を、若い読者に向けて提示した作品である。
1989年4月
『人生の親戚』
(新潮社)
『新潮』1989 年1月号に掲載された長篇小説。二人の息子を自死によって亡くした女性・まり恵さんの生涯を描く。「悲しみ」という「人生の親戚」とどのように対峙し、生きていくべきか。人間の生の不条理さと、そこから見出される希望について探求した作品である。
1990年5月
『治療塔』
(岩波書店)
1989年7月〜1990年3月にかけて、「再会、あるいはラスト・ピース」というタイトルで『へるめす』に連載された長篇小説。地球の荒廃に伴い、人類の文明を保存するために、「新しい地球」を目指して旅立っていった「選ばれた者たち」。しかし彼らは、「新しい地球」に根を下ろすことはできず、「残留者」たちが生きる地球に帰還することになる…。「残留者」の女性・リッチャンを語り手として展開する、大江初の近未来SF。
1990年10月
『静かな生活』
(講談社)
「静かな生活」、「この惑星の棄て子 」、「案内人(ストーカー)」、「自動人形の悪夢」、「小説の悲しみ」、「家としての日記」の6篇から成る連作小説集。小説家の父を持つ女子大学生のマーちゃんを語り手とし、障害を抱えた兄と共に生きる日々を描く。
1991年11月
『治療塔惑星』
(岩波書店)
1991年1月〜9月にかけて『へるめす』に連載された、『治療塔』(1990)の続編。リッチャンによって綴られた書簡という形式をとっている。リッチャンは、「選ばれた者」の朔ちゃんとの間に、息子・タイくんを授かる。朔ちゃんは惑星タイタンに「新しい地球」からの通信基地を建設するため、再び宇宙へと飛び立つが…。前作を凌ぐ壮大なスケールで近未来のヴィジョンを描き、現代の私たちの生を問い直す作品である。
1992年5月
『僕が本当に若かった頃』
(講談社)
「火をめぐらす鳥」、「「涙を流す人」の楡」、「宇宙大の「雨の木(レイン・ツリー)」」、「夢の師匠」、「治療塔」、「ベラックヮの十年」、「マルゴ公妃のかくしつきスカート」、「僕が本当に若かった頃」、「茱萸(ぐみ)の木の教え・序」の9篇を収録。壮年の作家「僕」を語り手とする多彩な短篇集。本作に収録の「治療塔」は、同名の長篇小説『治療塔』をオペラ台本化したものである。
1993年11月
『「救い主」が殴られるまで:燃えあがる緑の木 第一部』
(新潮社)
当時大江が自身による「最後の小説」と公言して話題となった、全三部から成る大長篇。第一部「「救い主」が殴られるまで」は『新潮』1993年9月号、第二部「揺れ動く〈ヴァシレーション〉」は1994年6月号、第三部「大いなる日に」は1995年3月号に掲載された。両性具有者である「サッチャン」を語り手とし、周囲から「ギー兄さん」と呼ばれることとなる若者・隆の主導する「教会」が、四国の谷間の村を舞台に展開する活動を通して、人間の魂の救済の可能性を問うた作品である。
1994年8月
『揺れ動く(ヴァシレーション):燃えあがる緑の木 第二部』
(新潮社)
(帯より)
魂の救いをさぐるライフワーク三部作、燃えあがる緑の木・第二部
「救い主」ギー兄さんの新しい教会は説教と祈りと霊歌に魂の救いを模索する
1995年3月
『大いなる日に:燃えあがる緑の木 第三部』
(新潮社)
(帯より)
ノーベル賞作家の最後の小説、完結!燃えあがる緑の木・第三部
壮大な魂の葛藤劇は、未来への励ましに満ちた大いなる結末を迎える!
1999年6月
『宙返り(上下)』
(講談社)
『燃えあがる緑の木』三部作を「最後の小説」とするという断筆宣言を翻して発表した書き下ろし長篇小説。『燃えあがる緑の木』教会の解散後、四国の谷間の村に遺された施設に、新たな教会がやってくる。10年前、「宙返り」と呼ばれる神からの転向を行った「師匠(パトロン)」が、改めて「反キリスト」として率いる教会は、思わぬ方向に突き進んでいく…。魂の救済をめぐる問いをさらに突き詰めた大作。
(帯より)
大江健三郎は、沈黙して「新しい人」の思想を探ってきた。
「ひとり少年時に聞いた『神』の声を追いもとめる若者も、死の前に生きなおすことを企てる初老の男も、自分だと思う」―作者