小説(単行本)
〜2010s
2000年12月
『取り替え子(チェンジリング)』
(講談社)
書き下ろし長篇小説。主人公・長江古義人の義兄で、松山の高校で出会って以来の友人でもあった映画監督・塙吾良が自殺する。古義人は、吾良から生前託されたテープ、そしてその再生装置としての「田亀」を介して行われる彼との(擬似)対話を通して、高校生の頃彼と共に経験した「アレ」へと思いを巡らせていくこととなる。伊丹十三の死を契機に書かれたこの作品は、大江が自ら「後期の仕事(レイト・ワーク)」と呼称する作品群の端緒であり、「おかしな二人組(スゥード・カップル)」三部作の第一作目となった。
2002年9月
『憂い顔の童子』
(講談社)
「おかしな二人組(スゥード・カップル)」三部作の第二作目となる、書き下ろし長篇小説。主人公・古義人は、息子のアカリ、そしてアメリカ人の女性研究者・ローズさんとともに、故郷の四国の森に帰還して暮らすこととなる。古義人はそこで、『ドン・キホーテ』の物語を思わせる滑稽な冒険を繰り広げ、無惨に傷つき続ける。故郷の地で過去と向き合うなかで、老作家が踏み出す新たな一歩を描いた作品。
2003年11月
『二百年の子供』
(中央公論新社)
「読売新聞」土曜朝刊に、2003年1月〜10月まで連載された長篇小説。三人の子供たち(真木、あかり、朔というきょうだい)を主人公とし、タイムマシンによって時空を超える彼らの冒険を描く。舟越桂による挿画が彩る、子供たちに向けた冒険ファンタジー作品。
2005年9月
『さようなら、私の本よ!』
(講談社)
『群像』2005年1・6・8月号に掲載された長篇小説。頭に大怪我を負い、入院していた古義人のもとへ、古い友人の建築家・椿繁がやってくる。古義人は、国際組織「ジュネーブ」と協力してテロリズムを目論む繁の計画に巻き込まれていく。老年の悲哀とその先にある希望を問うた、「おかしな二人組(スゥード・カップル)」三部作の締めくくりとなる作品である。
2007年11月
『﨟(らふ)たしアナベル・リイ 総毛立ちつ身まかりつ』
(新潮社)
『新潮』2007年6月〜10月号に連載された長篇小説。2010年の文庫化に伴い、『美しいアナベル・リイ』と改題された。老作家「私」は、古い友人の木守有と再会し、30年前、国際女優サクラ・オギ・マガーシャック主演映画を構想した際の出来事を想起していく。エドガー・アラン・ポーの詩に登場する「アナベル・リイ」を思わせる美しい少女であったサクラさんが、少女時代に被った性暴力の記憶と向き合っていくプロセスに寄り添う作品。
2009年12月
『水死』
(講談社)
書き下ろし長篇小説。幼少時代に経験した父の死を主題とした「水死小説」の執筆に取り組む、老作家・長江古義人の姿を描く。故郷の谷間に帰還し、父の資料が詰め込まれた「赤革のトランク」を手にした彼は、父の肖像を追う中で、劇団「穴居人(ザ・ケイヴ・マン)」との協同作業にも参画していく。長年にわたって大江作品の一つの核となってきた「父と天皇制」の問題に、新たな角度から切り込む大作。
2013年10月
『晩年様式集(イン・レイト・スタイル)』
(講談社)
2012年1月〜2013年8月にかけて『群像』に連載された長篇小説。「三・一一後」のカタストロフィーに直面した老作家・古義人が、老年の窮境にありながら、他者との活発な対話のなかに身を置いて生きる様を描いている。古義人によるテクストに加え、彼の妹・アサ、妻・千樫、娘・真木の手による「三人の女たちによる別の話」を収録した「私家版の雑誌」=「「晩年様式集(イン・レイト・スタイル)+α」として構成されたこのポリフォニックな作品が、大江にとっての「最後の小説」となった。