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関係資料コレクション紹介⑤
2024年6月17日
大江健三郎文庫には、大江氏の著書(初版本)、その作品が掲載された雑誌、また研究書・関連書籍などが網羅的に所蔵されています。
森昭夫氏から寄贈していただいた資料に加え、新たな資料の収集も積極的に行なっています。
とくに力を入れているのが、翻訳書や、国外で刊行された研究書です。
大江作品は、世界各国の言語に翻訳されています。
そこには、大江がノーベル文学賞受賞者であるという事実だけでなく、彼自身が翻訳に対して積極的な作家であったことも影響していると言えるでしょう。
文庫所蔵の翻訳書だけでも、英語、中国語、韓国語、ロシア語、フランス語、ドイツ語、イタリア語、スペイン語、ポルトガル語、オランダ語、ポーランド語、トルコ語、モンゴル語、アルメニア語など、多岐にわたります。
そのなかには、寄贈していただいたものも数多くあります。
翻訳書を眺めてまず驚くのは、たとえ同じ作品であっても、言語によってタイトルや表紙のイメージがかなり異なっていることです。
たとえば『取り替え子(チェンジリング)』(2000)を例に挙げましょう。
主人公・長江古義人(ちょうこうこぎと)は、義兄であり友人でもあった映画監督・塙吾良の自殺をきっかけに、吾良から生前託されたテープ、そしてその再生装置としての「田亀」を介して行われる彼との擬似対話を開始し、「アレ」と称される高校時代の記憶へと思いをめぐらせていきます。
単行本や文庫の表紙を飾っているのは、司修氏が描いた、大江光氏の肖像画です。
文庫が所蔵している『取り替え子(チェンジリング)』の翻訳書のうち、タイトル・表紙が印象的なものをご紹介すると…
2007年刊行のドイツ語版のタイトルは Tagame : Berlin-Tokyo であり、この作品の重要な舞台の一つとしてベルリンがあることを踏まえたものとなっています。古都ベルリンを想起させる劇場の風景が表紙です。
2009年刊行のスペイン語版のタイトルは Renacimiento(「再生」)で、日本刀の鍔の部分が表紙になっています。重なり合って輪をなす鳥たちを象ったそれは、明らかに輪廻を思わせるイメージです。
2010年刊行の英語版のタイトルはそのまま The Changeling ですが、表紙には「田亀」をイメージしたと思われるヘッドホンが描かれ、ポップな雰囲気。
2022年刊行のポルトガル語版のタイトルは A substituição, ou, As regras do Tagame(「取り替え、あるいは田亀のルール」)で、表紙にはカセットから伸びる大量のテープが印象的に描かれています。
ここではタイトルと表紙だけを列挙しましたが、その内容自体を精査すれば、さらに数多くの面白い事実が見えてくると思います。
世界文学としての大江研究の拠点を作る、という理念のもと、今後も国外の翻訳・研究動向を調査しながら、翻訳書・研究書の収集、そしてその書誌情報の整理などを続けていきたいと考えています。
(菊間晴子)