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関係資料コレクション紹介

2024年1月26



大江健三郎文庫には、大江氏の著書(初版本)、作品が掲載された雑誌、また研究書・関連書籍などが網羅的に所蔵されています。


そこには大江が帯や函に推薦文を書いた、あるいは解説を寄せた、他作家の書籍なども含まれます。今回はそのなかの貴重な一例として、安部公房『燃えつきた地図』(新潮社、1967年)をご紹介します。




『砂の女』、『他人の顔』につづき、「失踪」を重要なモチーフとして安部公房が書き下ろした長篇小説です。


その内容は、失踪したサラリーマンの行方を、その妻からの依頼で探す探偵が、徐々に奇妙な出来事に巻き込まれていく…というもの。サスペンスと幻想性が両立した作品です。


大江は、三島由紀夫、ドナルド・キーンとともに函裏に推薦文を寄せ、この小説を高く評価しています。



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大江健三郎氏評

 文化人類学者が、南太平洋に、人間とはなにか、社会とはなにか、を探りに行くように、安部公房の新しいヒーローは、今日の大都市の砂漠で、野外調査(フィールドワーク)する男である。砂漠での駱駝さながら、都市の砂漠では、自動車を頼りにして。行方不明者をもとめつつ、男はついに、かれ自身もうひとりの行方不明者たらざるをえないが、その瞬間からかれを充たす、新しい相貌をおびた都市の内なる「新生」の感覚は深く感動的である。

 安部公房は常に、砂漠に見棄てられた人間を見すえてきたが、同時に、その人間への限りない優しさをも隠しもってきた。この「新生」の感動は、かれの立ちむかう荒涼と、内面の優しさにもっとも明瞭な光を投げるであろう。


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『燃えつきた地図』の結末は、行方不明者を探して大都市を彷徨う探偵としての主人公が、自身も記憶を失って行方不明者となってしまうという、一見不穏なものです。


しかし、主人公をフィールドワーカーになぞらえる大江は、この結末に「新生」の感動を見出します。


最後の場面で「理解できない地図をたよりに、歩きだす」主人公の姿、そしてその際彼が浮かべる「贅沢な微笑」(同書299頁)を丁寧に読み解くことを通して、この小説の構造的魅力を浮かび上がらせるとともに、安部公房という作家が当時の社会に生きる人間に向けていたまなざしの鋭さと優しさを捉えるのです。





もちろん、大江が読み解いたのは安部公房の作品に限りません。彼が帯(函)文を書いた書籍だけでも多数存在します(ごく一部を挙げるなら、石川淳、堀田善衛、野間宏、筒井康隆、ノーマン・メイラー、フィリップ・フォレストなど)。


多岐にわたる大江文庫のコレクションから見えてくるのは、他作家の優れた読み手でもあった大江の姿です。



(菊間晴子)