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関係資料コレクション紹介②
2023年12月21日
大江健三郎文庫には、大江氏の著書(初版本)、作品が掲載された雑誌、また研究書・関連書籍などが網羅的に所蔵されています。その多くは、『大江健三郎書誌稿』(私家版)の編著者であり、大江研究者の森昭夫氏から寄贈していただいたものです。
今回ご紹介するのは、大江による初めての対談録+エッセイ集、『世界の若者たち』(新潮社、1962年)の初版本です。
帯に「戦後世代の代表的な知性、大江健三郎が、多種多様な同世代と対談し、また旅先の中国やソ連・東欧やパリで外国の同世代に出合う、心のふれあいの記録。」とある通り、この書籍には、当時27歳の大江と、日本のそして世界の同時代の人々との対話が、数多く収録されています。
島津貴子、黒柳徹子、大鵬、小沢征爾といった著名人をはじめ、パントマイマーやテレビディレクター、新興宗教の信者、原子力科学者、幼い頃に被曝した青年たち…。その対話の相手は多岐にわたります。
「自分の閉鎖的で室内的な性格をつくりかえなければならない」(230頁)という思いから、自分と異なるさまざまな人に会い、さまざまな場所に旅することを目指した、若き日の貴重な記録となっています。
注目したいのは、「警察官のヒューマニティー 森淳治さん」という章です。
1958年、岸信介内閣の警察官職務執行法改正に対する国民的な反対運動が生じました。この反対運動から生まれた文化人グループ「若い日本の会」の運動に、のち大江は関わることになります。1960年の安保闘争にも参加していたことで知られています。
対話相手である森淳治巡査は、機動隊としてデモ制圧にあたっている人物。つまり、デモ隊からすれば「敵」の立場なわけです。
しかし大江は、自身の弟も警察官であることに触れつつ、森さんと穏やかでざっくばらんな対話を繰り広げます。「鉄カブトに身を固めた警察官たちも、喜んだり悲しんだり悩んだりする、同じナマ身の人間だということ」(186頁)を強調するのです。
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大江 人間って、理論的には判らなくても、本能的に察知する能力をみんな持ってるんじゃないかしら。だからわざわざ危い所にくるんで、そういう人を、ぼくは仲間にしたいですね。少しでも感じて行動であらわそうという人間のほうが、テレビをみて “バカなことをするナ” といっている人たちより信頼できます。
森 大江さんなんか、理論の方が先きに走っている、と思いますが――。
大江 ええ、日本のインテリってそうだと思いますよ。だから、少しずつでもぼく、自分を変えていきたい。
森 実際行動にあらわす、ねえ……。
大江 書斎で考えるとしても “樺さんが死んだ、悲しいなあ” 自分の痛みに感じる人間になりたい。理論的に “一人死んだか。保守派は窮地に落ち込むナ。まず革新派に一点……” (笑) 安保採点表に一点加えたりする学者はいるけど、そうなりたくない。行動といってもいろいろあるけど、自分の肉体で感じるか、感じないかってことです。(184頁)
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ここで大江は、安保闘争で命を落とした女子学生、樺美智子の名を挙げながら、二項対立的なイデオロギーや功利よりも、「痛みを感じる人間」としての感性を重視したいという自身の信念を、まっすぐに語っています。
若き大江が森さんとの対話で示した、一貫して「人間」そのものにまなざしを向けようとする態度は、その後の彼の執筆活動にもたしかに引き継がれていったものであるように思います。
(菊間晴子)